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日刊田中けん
自分探しの考察

この様な問題の建て方をして考えたことをしたことはありませんか。
「自分が知っている自分」
「他人が知っている自分」
「本当の自分」

「果たして、どれが自分なのでしょうか」と。

政治に携わる者としては、2番目の「他人が知っている自分」なのかなと思います。自分がどんなにがんばっているのか、どんなに素晴らしい考えを持っているのか。それらをアッピールするのは大切なことです。でも、それを理解してもらえなければ、支持は得られません。俺は、こんなにやっている。あんなにやっている。これほどやっている。その全てが嘘偽りが無くても、
「だから、おまえはダメなんだ」
と、「偉い自分」が相手を否定してしまえば、その時から、
その相手は、思い切り引いてしまうでしょう。

幕末の思想家に佐久間象山という人がいます。
http://ja.wikipedia.org/wiki/佐久間象山

 彼の門弟には吉田松陰をはじめ、小林虎三郎や勝海舟、河井継之助、坂本龍馬、橋本左内、加藤弘之など、後の日本を担う人物が多数いました。
 とても優れた人物には違いなかったのでしょうが、何せ彼自身が自信過剰で傲慢な性格だったそうです。
 学者にはこの様なタイプの人が少なくないのでしょうが、カリスマ的指導者でない限り、この様な性格の人物は政治家には向きません。
 話を始めた途端に、話した「あなた」を否定し始めるでしょうから。そのような人物を「あなた」は好きになることができるでしょうか。

 人は誰でも、認めてくれることが嬉しいのであり、認めてくれる人のことを好きになるのです。そこに善悪はなく、「真の思いやり」もありません。

 私はずっとタバコはダメだと言い続けてきました。タバコを吸っている人が、そんな私を認めることがありましょうか。いや煙たい存在だとして、私を認めることはないでしょう。その人が、私を認めるとしたら、タバコによって大病して、自分の意志でタバコを止めたとき、その時こそ、私のことを少しは、認めるようになるのかもしれません。
 でも私は政治家です。多くの人に支持されないと議員という立場になることはできません。タバコを吸う人を見て、「どうぞ、タバコを吸ってください」と言う、どこに「真の思いやり」があると言うのでしょうか。

 今から20年以上も前の話です。高速道路の無料化を求める運動の最初の頃は、高速道路の料金を半額にしようとする運動でした。高速道路の無料化などとても現実離れしていて、運動員の誰もが世論の支持を得られないと思っていたからです。
 料金所を通行するとき、正規の料金の半額しかお金を払わない運動です。当然、料金収受員は、それに納得せず、「全額払ってください」と言います。料金所という現場で、払う、払わないという押し問答が続き、ちょっとした緊張状態に陥ります。
 料金所でそんなことをしているのですから、料金所の数が少ないゲートの後方は大渋滞です。この大渋滞のプレッシャーの中で、料金収受員と一対一の対決をする訳です。
 これも全て、高速道路の料金を少しでも安くしたいと思うからこその運動でした。
 それに対して、後方のトラック運転手は、私たちに罵声を浴びせました。
「何やっているんだ。早くしろ」
 私は「誰のためにこんな活動をしているんだ」という思いをぐっと抑えながら、その場を半額の料金を支払い、離れたことを今でも思い出します。

 自分たちが世のため人のためと思って活動していても、それは確かに10年後、20年後には実を結ぶかも知れないことかもしれないけど、今、この時間、1分1秒を生きている人たちには、決して理解されないんだと。

 政治に携わる者とは、支持されなければ、議員にはなれません。しかし、その場、その場の支持だけを目的に活動していたのでは、10年先、20年先の明日を求める行動はできません。
 たとえ今は支持されなくても、きっといつかは支持してくれるはずと、自分に言い聞かせるようにして、孤独に耐え、活動を続けていくのです。
 それは常に多数に属し、常に与党にくみしている政治家にはできないことだという自負心が私を支えているのです。

 そんな自分を時々、戒めるためにも、「他人が知っている自分」。これが私の全てだと、今では思うようにしているわけです。


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2009年07月20日 19時20分