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日刊田中けん
理想的な政権与党

「自分に対する批判に寛容であれ」
 これこそ私が理想とする政治家のあり方です。
国民の批判に対して、全ての政治家は寛容で無ければならない。
野党の批判に対して、与党は寛容で無ければならない。

 しかしこの世界には、この逆を行う国家があります。
国民の批判に対して、弾圧を持って対応する。
野党の批判に対して、与党は批判で答える。
いや、野党そのものが存在しない。

 自民党の中には、常に政権与党の中にいたいという政治家が何人もいるのでしょうが、日本の民主主義は民主党や共産党や社民党のような野党の存在によって保証されていると言っても過言ではありません。

 中国や北朝鮮にあっては、民主党のような野党さえ存在しないのですから。野党が存在しないような国家を果たして「まともな国家」として認めることはできないわけです。
 もちろん日本のような政権を取らない野党第一党が存在し、それによって政権交代が起こらない国家も「まともな国家」とは言えません。ただ、野党という批判勢力の存在が許されていると言うだけです。

 さて、昨今の自民党の迷走ぶりは目を覆いたくなるほどですが、果たしてこの迷走はいつから始まったのでしょうか。
 私は学者ではありませんので、感覚的に述べるだけであって、学術的な考証をしているわけではありません。
 それでも、この「理想的な政権与党」の姿を外れたときに、自民党の迷走は始まったと見ています。
 つまり政権与党が野党を批判の対象に掲げたとき、もう与党としてのほころびは露呈されたと言えます。
 私の記憶では、小泉総理の時代までは、批判の対象が、党内の反対勢力でした。しかし、安倍総理の時代になって、批判の対象は党内から野党に変わったのです。
そこがターニングポイントだと思っています。
当時、やたらと野党を批判する安部幹事長時代から、安部さんは「若いな」とか「青いな」と思っていました。

 その対局にいるのが竹下元首相です。私は業績はともかく、政治家の立ち振る舞いとしては、大いに尊敬に値する政治家だと思っています。
 どんなに批判されても、批判で応酬するのではなく、頭を下げご理解くださいと繰り返し、平身低頭を続けることは、普通常人にはできないことです。ましてやそれなりに地位ある人ができることではありません。

 最後は消費税以下と言われる支持率の中で首相をお辞めになりましたが、普通の人ならば、そこまで支持率が下がらなくても、とっくに首相を辞めたでしょう。信念があったからこそ、我慢強かったからこそ、そこまで内閣が保てたのでしょう。
 支持率が一定の数値を下回ったら、即お辞めになった方が国家のためにはなると思いますが、一人の首相の性格を表すエピソードとしては、非常にわかりやすい事実です。

 さて、小選挙区制はやたらと野党第一党をフレームアップさせて、大きく見せてしまいます。その戦略に自民党が乗り、まともに批判の対象にすればするほど、民主党の存在は大きくなりました。

 宮崎県の東国原知事が「このままでは、民主党によるファシズム政権になってしまう」と言って、やたらと自民党からの立候補を模索していましたが、彼も民主党を批判の対象にした時点で、政権与党に関わろうとする人材としては失格といえるでしょう。

 ただし、民主党にファシズムの芽が無いわけではありません。小選挙区制を強力に推進してきた過程にあって、
「自民党に反対する全ての野党は民主党に集約を」
このような政治意志の中で動いてきたことは明らかだからです。
よって、民主党は自民党と公明党を政権与党から引きずり下ろすのが、表の目的ですが、裏では民主党未満の野党へは、「民主党への無条件協力」を暗に求め、同時に野党潰しもしているわけです。

 このまま行けば、きっと民主党が政権を奪取することでしょうが、そのときには、私が理想とする政権政党になって欲しいと、今から注文をつけておきます。

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2009年07月08日 11時50分