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日刊田中けん
人間性の有無は、接遇にこそ表れる

 この前、ひょんなことから交番に行った。
 最近は、若い警察官が勤務しているのですね。どう見ても20代前半だった。
 彼らは、仲間内での話し方については、なっていなかったのだが、一般人に対する(私が一般人だとして)接遇の良さは、まるでどこぞのホテルにいるかのような丁寧な対応だった。
 それはまるで、私が攻撃対象とする「権力者」の像からはかけ離れているかと思うほど低姿勢だった。
「市民のための警察」
 多分、このような警察官の対応の良さは、日本が世界一だろう。他国の警察官は、相変わらず、その地位に対するプライドからか、何をしても、いばりちらしているように見える。
 そう。警察官とて、普段は別に威張らなくてもいいのだ。
 一般人が、一般人と話をするときのように、普通に、丁寧に、話をすればいいのだ。

 そう。そう言えば、私が留置場に入れられていたときも、数多くの警察官と接した。人間とは、下から見ると、本当によく見えるものだ。当時の私は容疑者であり、被告なのだ。相手は警察官。どうみても相手の方が立場が上だ。
 それでも、ちょっとした配慮の有無で、警察官であっても、人間性を垣間見ることがあった。

 あまり詳しく話してしまうと、当時の人に迷惑がかかるかもしれないが、取り調べをしていた警察官は、取り調べの時は、いつも、良い椅子に私を座らせてくれて、自分は、折りたたみの簡単な椅子に座っていた。いつもいつも。自分が警察官だったら、こんなさりげないことだって、きっとできないと思う。
 私がずっと黙秘していたので、仲間内の立場的には、相当厳しかったのだろうが、それでもそのストレスを私に対してぶつけることはなかった。声を荒げたり、脅したりするようなことはなかった。

 留置場の中にあって、私の呼ばれ方は「83番」だった。つまり、房の中にあって、私に名前は無かった。それでも、個人的に話しかける必要性がある場合は、小声で「田中さん」と声をかけてくれる刑務官がいた。または「83番さん」と声をかけてくれる人もいた。「おい田中」と声をかける人もいたし、「83番」と声をかける人もいた。
 そうじて、年配の警察官は威張っていて、若い警察官ほど、権力体質に染まっていないせいか、接遇が丁寧だった。

 今回、交番で、若い警察官と接してみて、誰が教育しているのか、または個人の資質なのか、驚くほどの丁寧な接遇でびっくりしたということを区民の皆様にはお伝えしたかった。
 大きな組織の中にあって、組織人として動かなければ、自らの立場が無い、そのような人たちであっても、一人一人の人間性が感じられる瞬間だった。

 政治家も全く同じだ。自分が支持する政党にいる人でも、人間性として最低で唾棄すべき政治家がいる。逆に、自分が支持しない政党にいても、人間性としては、尊敬に値する政治家がいる。

 政党政治は、政治家の人間性を見せないようにカモフラージュさせてしまう。支持政党がどこであろうが、最終的には政党では無く、その人の人間性を見極めた上で、投票行動に活かして欲しいと思うわけです。
 組織人であれば、行動にも限界もありましょう。しかし、そこに人間性豊かな人が多く集まれば、何かしらの可能性を、私は信じることができるのです。

 政党よりも人。人を選んでいるようで、実は政党を選んでいる、現在の小選挙区制に対して、私は大いなる拒否感を持つ者であります。


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2009年07月03日 01時56分