金持ちによる政治

「政治家は金持ちがやればいいんだよ。そうすれば、何も給料など払う必要も無いし、みんなボランティアでやれば税金だってかからないんだから」

これは、最近お話しをうかがった、とある有権者の主張です。
読者の皆さんは、この様な主張に対してどのようにお考えになるのでしょうか。

「政治など、金持ちの道楽でやればいいんだ」
「政治家に税金など使う必要はないんだ」
「身銭を切って行うのが本当の政治だ」

しかし、実際の金持ちが政治家になるとどのように立ち振る舞ったか、現実の過去を検証してみます。

1996年10月、衆議院選挙で当選した細川護煕は、1998年5月、60歳を迎えたことを理由に衆議院議員を辞職した。

2001年、参議院選挙の比例代表候補として、大橋巨泉が民主党から立候補して当選した。党本部との意見の違いを理由に6ヶ月で辞職した。

2012年12月、衆議院選挙で当選した東国原英夫は、日本維新の会の理念などが変容したという理由で、2013年12月に議員辞職した。

そう簡単には国会議員になれない、私のような政治家にとっては、簡単に国会議員を辞めてしまうその態度に、「はたしてこれでいいのだろうか」と強いいきどおりを感じました。

お金持ち、または職に困らない人が議員になると、ちょっとばかり自分の思うとおりにならないと、すぐに議員を辞めてしまう人もいます。

しかし、このような人は議員に向きません。忍耐強く交渉し、自分の思いの1/10でも実現すべく、妥協や取引などを行いつつ、自分の理想を実現しようとするのです。
そのように1/10だけ理想が実現しても、本来仲間だと思っていた支持者から、「その程度しかできない裏切り者」のそしりを受け、それでもその場に立ち止まれる人。
この様な人でないと、議員は務まりません。

「金持ち議員=すぐに議員を辞める人」
私の認識はこの通りです。実際に簡単に議員を辞めてしまえば、「職場放棄」とか「無責任」などの批判を浴びることでしょう。
貧乏議員は、それは生業であるが故、逃げられません。「税金泥棒」と罵られようとも、仕事に対する責任感を誇りに、簡単に議員を辞職しないのです。生活の糧にしている以上、そう簡単には辞められないのです。

それはサラリーマンが、「こんな仕事辞めてやる」と思っても、妻や子どもの顔を思い出すと、自分の一存で辞められないのと同じ境遇です。
「辞めないこと」
これが「自分に与えられた責任を果たす」意味だと、私は思います。
「生きていくために我慢をする」
それが多くの大人の対応です。
金持ち議員の中には、当たり前の大人の対応ができない人たちが少なからずいらっしゃいます。

「議員職にしがみつく」
この言葉は、出処進退において、見苦しい政治家に使われる言葉ですが、そのぐらいの批判を浴びてでもなお議員職にとどまることの覚悟がある議員の方が、簡単に辞めてしまう議員よりも、よっぽど議員らしいと私は思います。
もちろん私のコメントには、半分の尊敬と半分の皮肉が入っていることをご理解ください。

私は議員として有権者に選んでいただいた以上、任期を全うするか、法律上辞めなければならなくなるまで、議員を辞めません。つまり自主的に辞める、辞職することは現状にあってないということです。
それは私が貧乏議員で、議員職を生業にしているからかもしれませんが、辞めないことが議員としての責任だと、私自身が考えているからでもあります。

どんなに世間から批判されても、それでも私を信じて応援してくれる有権者がいる。
私はその応援者を裏切りたくないのです。

金持ちが行う政治の効用に対して、一部の理解は示します。しかしながら、貧乏議員だからこそ、できることもあるのです。議員職を生業とし、責任感を持って仕事を行い、簡単に辞めること無く、どんなに劣勢にあっても、しぶとく生き残り、時間と労力を費やして、政策を実現していく。そのような議員を、私は政治家らしい政治家として目標にしています。

政治家たるもの、批判されることは常であり、批判者を弾圧すること無く、その批判に耐えきることができる者のみが、政治家として相応しい資格を持つ者だと確信しています。