サンクトペテルブルクのパラドックスとは何か?
期待値1万円のクジと、期待値2万円のクジがあれば、普通人は期待値2万円のクジを選ぶ。
しかし、期待値2万円だとしても、そのクジに当たる可能性がとても低い場合は、当たる可能性が高い期待値1万円のクジを、多くの人は選んでしまう現象のことだ。

具体例を挙げて説明する。
ここに引けば必ず1万円が当たるクジがある。これは期待値が1万円。
もう一つ、100回引けば、その内1回だけ200万円が当たる確率のクジがある。こちらは期待値が2万円。
仮にどちらかのクジを1回だけ、あなたが引けるとする。はたしてあなたはどちらのクジを引きますか?
全員とは言わないが、多くの人は1万円が当たるクジを引くのではないだろうか。
つまり多くの人は、「失敗する」というリスクを負わずに確実な実利を求める動物なのだ。
だから不確実な200万円よりも、確実な1万円を選択する。

普通、人は期待値が高い選択肢を選ぶと思われがちだが、
予想できるリスクが大きすぎると、
むしろ期待値が低くても確実に実利が期待できる選択肢を選んでしまうというパラドックスは政界においても存在する。

私のひいき目で見て、能力も実力がある区議会議員や市議会議員がいる。
しかし、彼らは国政にチャレンジしない。
地道に区議会議員や市議会議員を続けている。
政治家ならば誰もが国会議員を目指すかと言えばそんなことはなく、 地道に地方議員を続けて、そのまま政治家人生を終わってしまう隠れた実力者たる政治家は日本にたくさんいる。

よく「政界に人材はいない」などと言う人がいるが、それは政界を知らない人だ。
政界に人材は溢れている。
しかし、「人材を登用する人がいない」がいないのだ。
「人材を登用する政党がいない」のだ。

なぜ優秀な区議会議員や市議会議員は国政を目指さないのか。
国政に興味が無いと言われればそれまでだが、国政にチャレンジしても当選するとは限らない、つまりリスクを負えないのが、最大のブレーキになっていると私は思う。
昔と違って、地方議会は地元有力者のサロンではなく、仕事をして歳費をもらう労働の場となった。

労働の場なので、議員歳費という形でお金をもらわないと政治家は生活も出来ないし、政治活動も続けられない。

国政にチャレンジするためには、現職である区議会議員や市議会議員を辞めなければ国政への立候補は出来ない。
つまり失職する覚悟がないと、現職地方議員は国政にチャレンジできない仕組みになっている。
だから多くの地方議員は、国政へのチャレンジに躊躇するのだ。
変に実力者であるが故に、地方議会での選挙は安定して強かったりする。
地方選挙では落選の心配がない。 そうなれば、わざわざ落選のリスクを負ってでも国政にチャレンジする議員は出てこない。
まさにサンクトペテルブルクのパラドックスにて、国政には優秀な地方議員が集まりにくい構造になっていると言わざるを得ない。

たとえ国政にチャレンジしても、当選しなければ、地方議員を失職しないように制度改正でもすれば、より多くの地方議員が国政にチャレンジし、
とにかく有名なだけのタレント議員が多い国会であるよりも、より有意義な仕事をしてくれるだろうし、
その方が、私は日本の国益に合致すると思うのだが、いかがだろうか。