多くの政治家が使うフレーズに、
「子どもたちのため」がある。

とても耳障りが良い。
家庭的で、教育や保育に理解がある政治家であるかのように印象づけられる。

これ以上に素晴らしいキャッチフレーズは他にない。
そう思えるほど、
「子どもたちのため」
は、世にありふれた政治家のキャッチフレーズになっている。

それでは「子どもたちのため」とは何か。
それを使う政治家個人の思惑とは別に、
この主張を、教育や保育に特化した政策だと考えることは、主張の意味を小さくしてしまう。

私が考える「子どもたちのため」の政治とは、
未来の日本をどうするかという長期的な視点を持った主張ということだ。

たとえ今実現しなくても、長期的には、その政策が必ず社会をよくするに違いないと「信じて疑わず」、
自分が捨て石になることを覚悟して主張し続けていく決意に他ならない。

故に「子どもたちのため」の政治とは、教育や保育の分野に特化しない。

子どもというキーワードを出汁に使わず、言い換えるならば、
「未来の大人のため」
「未来の日本のため」
ということだ。

私は初めて立候補した時から、禁煙を訴えていた。
その時は喫煙者も多く、
「選挙に当選したければ、そんなことは言わない方がいい」
そう多くの人たちから忠告を受けた。
今思えば、若気の至りとでもいうのか、
若者の純粋さとでもいうのか、
「自分が言いたいことを言わずして選挙に当選しても意味が無い」
位のことを思って、禁煙を訴えていたのだろう。

結果、当選できたから良かったものの
今、昔の自分の政治姿勢を思い出すと、
まさに青臭さいっぱいで、苦笑してしまう。

でもこの青臭さ、純粋さは、
それが100%では劇薬になってしまうが、
香辛料程度にはないと、
「何のために政治家をしているのか」
を有権者から問われることになるだろう。

仮に今、認められなくても、
10年先、20年先には認められる政策を、
私はこれからも発信してゆきたい。